コンラート・フォン・クヴェアフルト司教(Bischof Konrad von Querfurt)とヘルマン・フォン・ロプデブルク司教(Hermann von Lobdeburg)により,パラスとベルクフリートが建設される。その後200年は,自治を望む都市とよく争っていたので,城はより強固にされていった。
16世紀初頭
都市ヴュルツブルクとの抗争は続いていた。司教ローレンツ・フォン・ビブラ(Lorenz von Bibra)は東翼の中世のパラスをルネッサンス様式の領主館(Fürstenbau)に改築した。他にも南翼等を改築し,シュロスブルクとなった。
1572
火災により領主館の司教の居住部屋とと太陽塔(Sonnenturm)を焼失。再建される。
1604
教会の改築が終わる。バロック様式。
17世紀前半
領主司教ユリウス・エヒター・フォン・メスペルブルン(Julius Echter von Mespelbrunn)により稜堡が造られ,ブルクから要塞へと姿を変える。
1634.10.16
スウェーデンのグスタフ・アドルフ(Gustav Adolf)の軍の攻撃を受け,略奪を受ける。
1648
要塞として完成させ,帝国要塞となる。
16世紀終わり
三十年戦争によって破壊されたところは,ヨハン・フィリップ・フォン・グライフェンクラウ(Johann Philipp von Greiffenclau)によってバロック様式のシュロスに変わった。